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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)2024号 決定 1991年9月25日

債権者

豊島友次郎

右代理人弁護士

甲田通昭

江角健一

養父知美

債務者

高圓運輸株式会社

右代表者代表取締役

小林義人

右代理人弁護士

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

主文

一  債権者が債務者に対し、雇用契約(労働契約)上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

主文第一項と同旨

第二事案の概要

一  債務者は、門真市所在の一般区域貨物自動車運送事業を目的とする株式会社であり、枚方市所在の申立外共英製鋼株式会社の製品をトレーラーで運送する義務を行っている(争いがない)。

二  債権者は、昭和六三年一月九日ごろ、債務者との間で原価精算給労働契約(以下「本件契約」という)を締結し、トレーラー運転手として債務者会社に入社した(争いがない事実、(書証略))。

本件契約の具体的内容は、次のとおりである(争いがない事実、(書証略))。

1  債務者は、債権者に対し、債務者の指示する貨物の運搬及び付帯作業を行わせ、債務者は、債権者に対し、原価精算給を支給する。

原価精算給の内容は、毎月の締切日までの債権者の売上げから、車両償却費(この金額は売上額の一五パーセントとする)、自賠責保険料、任意保険料、自動車税、自動車重量税、管理経費、燃料費、油脂費、修繕費、タイヤ・チューブ費、通行費(高速道路通行料金)、諸費を差し引いた額とする。

2  経費の負担

債権者は、右共務を履行するために必要な車両、機材等を確保し、その他必要経費を負担する。但し、債務者は、債権者の申し出により、債務者の所有する車両機材等を有償で貸与する。

3  債権者は、本件契約の業務履行については債務者の指揮監督に従う。

4  事故の処理

本件契約に基づく業務遂行中に発生した事故、または第三者に加えた損害については、債権者は自己の責任において処理解決する。

5  契約期間

当初は三か月間、次に六か月間、その後は一年間と更新を重ねている。

6  契約解除(本件契約九条二項)

契約期間中であっても、債権者において本件契約書の条項及び本件契約書添付の覚書と異なった労働条件を求めたり、本件契約書及び覚書の各条項に違反する行為があったとき、債権者が誠実に本件契約を履行しないとき及び債権者において債務者の社会的信用を失墜させる行為があったときは、債務者は、債権者に対し、直ちに本件契約を解除することができる。

三  債務者会社内においては、平成三年二月四日、全日本港湾労働組合関西地方大阪支部の下部組織として同支部高尾田辺分会高圓班(以下「組合」という)が結成され、債権者は、結成当初から組合に加入していた(争いがない事実、(書証略))。

四  解雇

債務者は、債権者に対し、平成三年六月二四日、本件契約九条二項に基づいて本件契約を解除する旨の通知書を交付しようとしたが、債権者が受領を拒絶したので、債権者の自宅宛に右通知書を郵送して本件契約を解除する旨の意思表示をし、同月二六日に、解雇予告手当てとして金四二万三六〇〇円を供託した(争いがない事実、(書証略))。

五  債権者の主張

本件契約の解除は解雇であり、これは、債権者が労働組合に加入し、自己の違法不当な労働条件の改善を求めたことを理由とするものであるから、不当労働行為ないし解雇権濫用により、無効というべきである。すなわち、

1  本件契約の違法不当性

本件契約では、保障給の保障がないこと、固定給がないこと、使用者が負担すべき自動車保険・社会保険等がすべて労働者の自己負担となっていること、車両修繕費・高速料金等が労働者の自己負担となっていること、有給休暇が付与されていないこと、業務遂行中の事故処理やその損害賠償の責任が労働者の自己負担となっていることなど、労働基準法、貨物自動車運送事業法(二七条、二八条)及び貨物運送事業運輸安全規則等に反する労働条件を定めているうえ、その改善を求めるや即時契約解除(解雇)を認めているところ、これは、団体交渉権を保障し、不当労働行為を禁じた労働組合法を無視した違法なもので、本件契約は違法不当なものである。

2  本件解雇の違法・不当性

(一) 本件解雇は不当労働行為であって、無効である。

本件解雇は、債権者が組合結成当初から自己の労働条件の改善をはかるため組合に加入したこと、債権者が組合を通じて債務者に対し原価精算給労働者の正社員化並びに違法不当な労働条件の改善を申し入れたことを理由とする解雇であって、憲法・労働組合法が保障する労働者の基本的権利を否定し、労働組合法七条一項に反する不当労働行為であるので、無効である。

(二) 解雇権の濫用

本件解雇は、債権者が所属する組合が、債務者に対し、債権者を含めた原価精算給労働者の正社員化、違法不当な労働条件の改善を申し入れたことを理由とするものであるところ、労働者が自己の労働条件の改善を求め、或いは労働組合に加入してこれを通じて交渉することは、労働者の基本的権利であって、本件解雇は、かかる労働者の正当な権利行使を否定するものであって、客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することはできず、解雇権の濫用として無効である。

(三) 本件契約九条二項の違法性

債務者は、組合の右申し入れが、債権者と債務者間の本件契約と異なった労働条件を求める行為があったときに当たるから、本件契約九条二項により、直ちに本件契約を解除することができると主張するが、右契約条項自体、団体交渉権を保障し、不当労働行為を禁止した労働組合法六条、七条に反するところ、労働者の基本的権利を保障する同法は強行規定であるから、これに反する契約は無効である。従って、右契約条項は、本件契約を解除する根拠となすことはできない。

3  よって、債権者は、債務者に対し、本件契約解除前の債務者の原価精算給労働者たる地位にあることの確認を求める本案訴訟を提起する予定であるが、債権者は、賃金のみによって生活を維持している労働者であって、本案判決の確定を待っていたのでは、その生活上著しい支障を被り、回復しがたい損害を受けるおそれがあるので、申立ての趣旨記載の仮処分命令を求める。

六  債務者の主張

1  本件契約は、純然たる雇用契約ではなく、請負契約的な側面を有する混合契約である。従って、原価精算給労働者として債務者と契約した者は、自らが正社員運転手とは制度的に異なる立場で債務者と契約関係に入ったものであることを十分に自覚した上で、業務に従事する必要があるところ、本件契約九条二項は、原価精算給労働者の制度そのものや自らの原価精算給労働者たる地位自体の否定・変更を求めるような場合、或いは原価精算給労働契約の本質的或いは重要な部分の変更・廃止を求めたり、原価精算給労働契約の性質に実質的な影響を与えるような条項の導入を求めたりするような行為があった場合には、「原価精算給労働者としての自覚を踏まえた業務の遂行」が客観的に見て期待しえないので、右のような場合に債務者において契約を解除する権限を留保したものであって、当事者自治の範囲内に属し、かつ、債権者もこれを納得したうえで、本件契約を締結したのであるから、同条項は有効というべきである。

2  債務者が本件契約を解除したのは、組合が債務者に対し、債権者を含めた原価精算給労働者の正社員化を申し入れたことを理由とするのではなく、あくまでも債権者が組合を通じて債務者に対し、執拗に正社員化要求をしたことを理由とするものであり、「原価精算給労働者としての自覚を踏まえた業務の遂行」が期待できないので、これは、本件契約九条二項所定の解除事由に該当する行為であると認め、本件契約を解除したものである。

3  なお本件契約には、組合、組合活動、団体交渉等に触れた条項は一切存在しておらず、本件契約九条二項も、団体交渉その他組合との問題については一切触れられていないのであり、労働組合法との関係で問題を生ずる余地はなく、同条項が労働組合法違反により無効になるということはない。

七  争点

本件契約九条二項に基づく本件契約の解除(解雇)が有効か否か。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実のほか、本件疎明及び審尋の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  前記のとおり平成三年二月四日、組合が結成され、同日、組合は、債務者に対し、安全衛生委員会を労使代表で設置し、定期的に安全対策を講じること、組合共済会に加入することのほか、原価精算給労働者を正社員にすることを議題とした団体交渉の開催を申し入れた(書証略)。以後、組合と債務者との間で団体交渉が重ねられ、組合は、債務者に在籍する原価精算給労働者全員の正社員化を要求し、これに対し、債務者は、これを拒否していた。組合は、原価精算給労働契約については、保障給や固定給がないこと、自動車保険、自動車税、車両修繕費や高速料金等が労働者の自己負担とされていること、有給休暇がないこと、業務遂行中の事故処理やその損害賠償の責任がすべて労働者の自己負担とされていること、当該労働条件の改善を求めるや即時解雇を認めていることなど、違法不当な点があると考え、唯一組合に所属していた債権者を含め原価精算給労働者全員の正社員化を求めていた。

2  債務者の上村和則総務部長(以下「上村部長」という)は、平成三年四月六日、組合との団体交渉において、組合に対し、債権者本人が正社員化の要求をしているのであれば、本件契約九条二項に基づく本件契約の解除を検討する旨通告したが、債務者も組合との交渉を継続し、直ちに本件契約を解除することはなかった。

3  そして、平成三年六月一七日の団体交渉において、組合は、債務者に対し、原価精算給労働者全員の正社員化を要求し、また同月二〇日の団体交渉においても、組合は、債務者に対し、原価精算給労働者全員を正社員化し、原価精算給労働者が自己負担している自動車税、保険等の諸費用を債務者負担にするよう要求した(書証略)。なお、右二〇日の団体交渉において、上村部長は、債権者の意思を確認して、債権者が正社員化要求の意思であれば、本件契約を解除する旨通告した。

4  上村部長は、平成三年六月二四日朝、債権者と面談して正社員化要求の意思を確認したところ、債権者は、「一切組合に任せてあり、組合の要求のとおりである」旨回答した。そこで、上村部長は、債権者に対し、本件契約九条二項に基づいて同人との本件契約を解除する旨の通知書(書証略)を交付しようとしたが、債権者がこの受領を拒絶したので、債権者の自宅宛に右通知書を郵送し、また上村部長は、同日組合に同旨の通知書(書証略)を届けた。

そして、債務者は、同月二六日、組合に対し、原価精算給労働者については正社員化しない旨回答した(書証略)。

5  なお債務者においては、平成三年八月一日現在、正社員運転手が五名、原価精算給労働者が九名の合計一四名の従業員が在籍している。従業員のうち、正社員三名が組合の組合員である。

二  右認定事実によると、債務者は、組合との団体交渉における組合の原価精算給労働者の正社員化要求をもって、債権者が債務者に対して正社員化要求をしたものとみなして、本件契約九条二項に基づき、本件契約を解除して債権者を解雇したものと認められる。

なお、組合は、債務者との団体交渉において、原価精算給労働契約には前記のような違法不当な点があると考え、原価精算給労働者全員の問題として、全員の正社員化を求めていたものであり、仮に債権者が組合員であったが故に特に債権者の正社員化が強調されていたとしても、債権者のみの正社員化を求めていたというべきではない。もっとも、債権者も原価精算給労働者であり、組合の原価精算給労働者の正社員化要求をもって、債権者が債務者に対し、組合を通じて団体交渉において正社員化を要求したと評価できなくもない。

三  ところで、労働者の労働条件は当事者間の自由な契約で決められるのが原則であるが、しかし、労働者が使用者に対して経済的に弱い立場にあることに鑑み、現行法においては、労働条件は、労働者と使用者とが対等な立場で決定すべきものとし、これを実質的に保障するため、労働者は、労働組合を結成して、使用者との間で労働条件の改善を求めて団体交渉を行う権利が保障されている(憲法二八条、労働組合法一条一項)のである。そして、これは、公の秩序となっているので、これを否定するような法律行為は、私的自治の範囲を越え、民法九〇条により無効になるというべきである。

これを本件についてみると、債権者が債務者に対し、組合を通じて団体交渉において正社員化を要求することは、労働条件の改善を求めて団体交渉を行うものであって、前記のとおり債権者に保障された基本的な権利というべきである(正社員化要求が原価精算給労働者という債権者の従来の地位を否定するものであっても、これも労働条件の改善を求めるものということができ、債権者に保障された基本的な権利というべきであり、また正社員化要求をしたとしても、直ちに原価精算給労働者としての自覚を踏まえた業務の遂行が期待できないともいえないし、その疎明もない)。そして、本件契約九条二項は、前記のとおり債権者において本件契約書の条項及び本件契約書添付の覚書と異なった労働条件を求めた場合には、債務者が直ちに本件契約を解除できるものと規定しているところ、右条項自体の効力はともかくとして(労働条件の改善を求める一切の行為を対象とすれば、その条項自体の効力に疑問がある)、債権者が債務者に対し、組合を通じて団体交渉において正社員化要求をしたことを理由に、本件契約九条二項に基づき本件契約を解除することは、債権者に保障された基本的な権利の否定となるので、本件契約の解除(解雇)は、民法九〇条により無効というべきである。

従って、その余の点について判断するまでもなく、本件契約の解除(解雇)は無効というべきであり、債権者は、依然として債務者会社の原価精算給労働契約(雇用契約の性質も有する)上の権利を有する地位にあるというべきである。

四  そうすると、本件仮処分申立ては理由があり、事案の性質上担保を立てさせないでこれを認容することとし、申立費用の負担につき、民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大段亨)

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